|
江刺昭子さん著の「樺美智子 聖少女伝説」を読みました。 この本に描かれた樺さんは、当時22歳の東大生で、今からちょうど50年前の1960年6月15日、日米安全保障条約の改定をめぐる反対運動が激しさを増す中で、国会構内で亡くなりました。 60年安保当時、まだ僕は小学生にもなっておらず、その国民運動がどのように激しかったのかも、後の書物で読んだだけで、社会全体がどのように動いたのか知るよしもありません。 後の70年安保の時も高校に入学したばかりで、大学に入学した頃には学園紛争も終息しつつあり、学生運動も内ゲバなどのセクト間の争いばかりで、一般学生の支持を得られない状況にあったように思います。それでも、今は廃刊となった朝日ジャーナルを片手に友人達と議論ばかりしていました。議論の対象は、当時の政治状況、例えば市民参加やシビルマニアムといった当時一世を風靡していた市民運動などだったように思います。 しかし、60年安保のことは、深く知ろうとも思いませんでしたし、60年当時国会の中で女子学生がお亡くなりになったことがあった程度の知識しかありませんでした。 ですから、今回この本を読むまでは、樺さんはたまたまデモに参加していた一般の女子学生といったイメージしかありませんでしたので、彼女がいわゆるブントの活動家であったことを知り、若干の驚きを禁じ得ませんでした。 また、彼女の死因についても、大きな問題となって、未だにはっきりしないことも知りました。 しかし、思想的な問題は別にして、学生時代に何かを深く考えそれに没頭する、あるいはスポーツで徹底的に自分を鍛えるといったことは、若い内に経験しておくべきことだと思います。そのことが自分を磨くことになり、人格形成の手助けになるのではないでしょうか。 「大学で学ぶということは、知識を身につけることだけではない。人生について、人間について考えることだ。」 まさに、そのことこそが大衆化した現在の大学に学ぶ学生のみなさんに欠けていることであって、若者の幼さの所以でしょう。少子化が叫ばれている中で、大人になりきれない若者たちの多さに、現在の日本の根深い問題があるように思っています。 また、民主党政権のいい加減な対応で混迷を深める普天間問題は、皮肉にも僕たちに国家の防衛戦略と日米安全保障条約を考える機会を与えてくれました。 時代背景が異なるとはいえ、50年後の今日、自らの考えの下にひたむきに生きた彼女に手を合わせたいと思っています。合掌。 |
| << 前記事(2010/06/14) | ブログのトップへ | 後記事(2010/06/16) >> |