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zoom RSS 船戸与一さん 「満州国演義 第9巻 残夢の骸」

<<   作成日時 : 2015/03/27 11:14   >>

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2007年4月に第1巻が刊行されてからほぼ10年をかけた大河小説が完結しました。「残夢の骸」とのサブタイトルが冠せられた船戸与一さんの「満州国演義」第9巻を読み終えました。

第1巻の冒頭、慶応4年8月の官軍による会津攻めの場面で幕が開いたこの小説は、昭和21年5月、敷島四郎が広島の地に立つ場面で幕を下ろします。昭和を描いたこの物語であるはずなのに、維新の激動期、「女はひとりじゃなかった」の書き出しで始まる冒頭が、どのような意味を持っているのか、ずっと疑問に思っていましたが、その謎も、ようやく解けました。あろうことか、間垣徳蔵が敷島四兄弟と従兄弟同士であったとは・・・・。著者の仕掛けには感服しました。

インパールで逝った次郎の後を追うように、三郎がソ連に蹂躙された満州で、太郎は抑留されたシベリアで、命を落とす結末を誰が予想したでしょうか。結局、兄弟の中で最も意志が弱く、どちらかというと周囲の状況に流されやすい末弟四郎のみが生き残るという設定は、どこか暗示的でもあります。四郎が戦後の混乱期や高度成長期をどのように生きるのか、想像してみたくもあります。

本巻は特攻や東条英機暗殺計画、中立条約を破って南下したソ連に蹂躙される満州と開拓民たち、いわゆる通化事件やシベリア抑留を中心に描かれています。その中で、実在の人物の発言を引用しつつ、著者は兄弟たちを通して読者に人間とは・・を考えさせているように思いました。

印象に残ったのは、小説家尾崎士郎が読売新聞に寄せた特攻を賛美する論評を引用し、登場人物の一人に次のように言わせていることです。
「新聞記者や新聞社から派遣された従軍作家は特攻隊を賛美し続ける。あの連中の目は節穴か、さもなきゃ自分の文飾の才能をひけらかすためにマニラに来ただけだ。」
新聞のあり方を考えさせられた昨年のことを思うと、大政翼賛化された社会の恐ろしさは禁じ得ません。

昭和天皇の終戦の詔も初めて全文を読みましたが、これまでテレビで流れてくる「朕は・・」で始まるラジオの前で畏まる人々の短い映像しか知らなかった自分を恥じてしまいました。

それにしても巻末の400冊を超える膨大な参考文献には驚かされました。僕も中毒患者続出とも表現されたように新刊を待ち望んでいた読者の一人ですが、これだけの参考文献を突きつけられると、時間がかかるのもやむなしと思わざるを得ませんし、著者に敬意を表さざるを得ません。

あとがきで著者が「小説は歴史の奴隷ではないが、歴史もまた小説の道具ではない。」との、一節に解説を加えていますが、客観的な事実と小説は読者それぞれが考えなければならないように思います。そして歴史は、著者が引用したナポレオンの言葉である「歴史とは暗黙の諒解の上にできあがった嘘の集積である」であっては欲しくないと思ったのでした。

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