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zoom RSS 「玉ねぎの皮をむきながら」・・・4月15日の朝刊コラム

<<   作成日時 : 2015/04/17 11:52   >>

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4月15日の朝刊コラムは、朝日、読売、日経3紙が揃ってお亡くなりになられたドイツ人のノーベル賞作家であるギュンター・グラス氏について述べていました。しかも、氏の代表作である「ブリキの太鼓」と自伝である「玉ねぎの皮をむきながら」を取り上げている点でも共通しています。しかし、その取り上げ方はそれぞれで、興味深く読みました。

朝日「天声人語」は、氏の著作を取り上げつつ、大江健三郎さんとの紙上往復書簡から、年老いたけれど「いぜんとして焼跡(やけあと)の子どものままです」との言葉を引用し、母国に向ける批判的な目は「愛情のもっとも正確な表現です」との言葉で、言論人としての気概に打たれると結んでいました。

日経「春秋」は、「想起というやつは子供のよくやるかくれんぼが大好きだ」との一節を引き、その想起は「すぐに姿をくらます、お世辞を言う、飾り立てるのを好む」と続けます。そして、自らが少年時代にナチスの親衛隊に所属していた過去を告白したことについて、「玉ねぎの皮をむいて、むいて」、「戦争の時代を思い起こし、罪を自身に問うのがいかに難しかったことか。戦後を生きるのに必死だった、あまたの人々の抱えた苦渋をも思う。」と結んでいます。

読売「編集手帳」は、「ぼくたちの世紀は、将来、涙なき世紀と命名されるだろう。あれほどたくさんの悲しみが至るところにごろごろ転がっているというのに」との一節を引き合いに出して、朝日、日経とは異なる視点からアプローチしていました。その上で、「タマネギに頼らずとも泣ける感受性を保っている点では幸いにして外れた予言のようであり、悲しみの種が尽きぬ点では不幸にして当たった予言と読めなくもない」と、入学式や入社式の4月は、旅立ちの月だとして、うれしい涙も流れる季節であると述べていました。

不覚にもギュンター・グラス氏のこともその著作も知らなかった僕ですが、これら3紙を読み比べると、反戦の視点から捉えるのが相応しいように思いました。とりわけ、「想起」という言葉について触れながら述べている日経のアプローチは、戦争のことのみならず過去を想い起す作業がいかに難しいか、改めて考えさせられました。そして、敢えて優劣をつけるとするならば、日経「春秋」に軍配を上げたいと思ったのでした。それにしても、ノーベル賞作家の死という事実は一つですが、取り上げ方や考え方はそれぞれであるということを再認識したのでした。

そして・・合掌。

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