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zoom RSS 憲法の視点からあらためて安保法制を考える

<<   作成日時 : 2015/06/09 09:16   >>

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「日本国憲法及び日本国憲法に密接に関連する基本法制について広範かつ総合的に調査を行い、憲法改正原案、日本国憲法に係る改正の発議又は国民投票に関する法律案等を審査する機関です。」とされる衆議院の憲法調査会の存在を知っていた人は少なかったことでしょう。そう申す僕も知らなかった一人です。その調査会に参考人として招かれた憲法学者の皆さんがこぞって、審議中の安保法制に対して、憲法違反と表明したことで俄然脚光を浴びました。

そもそも、ナントカ事態とは何かなどと、与野党ともに言葉遊びのような字句にこだわってばかりの国会審議を見せつけられた僕たちにとって、正に目から鱗、入り口のところに本質があるということを再認識させられたような気がしました。4日に行われたこの調査会の模様を一気に聴いてみましたが、審議中の安保法制についての見解のみならず、その調査会の冒頭に行われた先生方のレクチャー、憲法についての根源的な説明からもこの法案の違憲性が浮かび上がったように思います。

まず、与党の推薦者である早稲田大学の長谷部先生が立憲主義について、広義と狭義の定義付けをします。広義のそれは、中世ヨーロッパにおけるものとして政治権力を何らかの形で制限するものと述べていました。一方狭義のそれは、近代立憲主義に繋がる考え方で、多様な相互に理解し得ない価値観や世界観を正面から認めた上での客観的な物差しと表現していました。

そして、いわゆる硬性憲法の話に論を進めます。つまり、民主政治の根幹に係る規定、選挙のたびに生じる多数派少数派の変転、たまたま政府のトップである政治家がどのような考え方をするかを切り離すべきで、それゆえ憲法は他の法律に比べて変更が難しいのだとします。社会のすべてのメンバーが中長期的に守っていくべき基本原則だからです。

衝撃的だったのは、人間の判断力に対するある種悲観的な見方があるということで、時として中長期的に考えた場合、合理的とは言い難い判断を下すことがあると断じていたことでした。そのため、根本原理を変えようとする場合には、本当に将来の世代の利益となるのか、国民全体を巻き込んで議論をすべきであり、それを可能とするために改正を難しくしていると述べています。この辺りの話を聴くと、敢て今の安保法制議論についての見解を伺うまでもなく、先生の法案に対する疑念が浮かんでくるようでした。

次に説明に立った慶應大学の小林教授は、立憲主義を所与の前提とした上で、人間の本質が神の如きではない故に、権力者の恣意ではなく法に従って権力が行使されるものであると切り出します。そして、違憲立法審査権について、具体的な事件について訴訟を提起されなければ最高裁は判断しないとして、安保法制案を引き合いに出して次のように述べています。

海外派遣命令が出た自衛官がその命令を拒否し懲戒処分をされた場合に、その処分に対して訴えを提起し、命令自体が憲法違反か否かを判断するのだと。非常にわかりやすい説明のように思います。今回の件を受けて一部与党の議員から違憲判断は最高裁がするのだとの主張がなされましたが、法案自体の違憲判断は最高裁ではできないという制度を全く理解していないものだと思われます。

小林先生も硬性憲法に言及し、改正には限界があるとして、論理的限界は改正権力が制定権力(主権者)を侵す、動かすことはできないとします。また価値的限界とは、人権尊重や平和主義(その反対は軍国主義)といった、人が人であることを否定するような改正はあってはならないと述べていました。

早稲田大学教授の笹田先生は、先のお二人と若干趣きを変えてドイツの例を引きながら憲法裁判所について述べていましたが、ワイマール体制が崩壊してナチス台頭を許してしまったドイツの例が暗示的でした。

この調査会を受けて安保法制案に反対する民主党をはじめとする野党が勢いづいたのは言うまでもありませんが、特別委員会の審議の中で、与党と同じ土俵に立って字句に拘泥した質問ばかりを繰り返し、与党を攻めあぐねていた責任はあるように思わざるを得ません。もちろん、それに与した形となってしまったようなメディアも調査会の先生方の意見に目が覚めたように本質的な観点を記事にし始めました。

6日付毎日「余録」はスウェーデンの故事「誰々のガチョウを料理する」を引いた上で、その合憲性について突っ込んだ論戦があってしかるべきだろう、と述べています。同日付の東京「筆洗」は、自動販売機は、
「論理的でなくては困る。代金を入れ缶コーヒーのボタンを押したら、コーヒーが出てくるのが当たり前で、サイダーが出てくるようでは困る」との書き出しで、「憲法という自販機に入れれば「否」と出る行為を、強引に「是」とする。そういう無理筋の論理で組み立てた自販機だから、どんな仕組みでどう動くか専門家にも理解しかねるようなシロモノになったのだろう」と述べていました。

朝日「天声人語」も長谷部教授の「改憲のハードルはなぜ高いのか。理由の一つは人間の判断力があまりあてにならないからだ」との言を引いて、一内閣の勝手な解釈変更が通るなら、憲法などあってなきがごとしとなり、立憲主義は空洞化してしまうとしています。そして、自民党サイドから聞こえてくる暴論とも言うべき発言の数々を根拠薄弱な決めつけとして、慎むべきだとしていました。

自民党の推薦だからといって信念を曲げずに、己が考えを披瀝した長谷部教授の中立性と勇気には敬意を表します。とかく御用学者的な先生方の言動が目立つ昨今、先生の凛とした姿勢には頭が下がる思いです。

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