驟雨 突然の雨に打たれても

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zoom RSS 10月5日の読売新聞「編集手帳」

<<   作成日時 : 2015/10/11 23:19   >>

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「煽動家は教室の演壇に立つべきではない、と教師を戒めたのは、マックス・ウェーバーだ。」との書き出しで始まる10月5日付読売新聞「編集手帳」に違和感を感じました。

その書き手は、続けてマックス・ウェーバーが、自分の政治的見解を学生に押しつけようとするのは、「教師として無責任きわまることだ」と語っているとした上で、教師の政治的発言や集会での意見表明は容認するものの、教室においては教師と学生は対等でないため異論があっても批判しにくく、だからこそ、学生に「自分の党派的意見にとって都合の悪い事実」なども承認するよう教えることが、有能な教師の任務の第一という、と述べています。

この文章を素直に読むならば、高校生とその教師について述べているように思えます。次の選挙から選挙権を行使できる年齢が18歳に引き下げられたことを意識したものと考えるならば、妥当なものと思えます。

僕の高校時代にも組合や原水禁の活動に熱心な教師から授業中に、「原爆許すまじ」の歌を聞かされたことがありました。当時から政治や社会問題に関心があった僕には、大きな違和感を感じることはなかったのですが、多くのクラスメートは唖然としていたように記憶しています。そして、その先生も自分の主義主張を生徒に押し付けるような教師ではなく、思想的に先生に染まったような仲間もいませんでした。その意味では、編集手帳の書き手が心配するようなことはなかったわけですが、戦時中の学校教育を考えるならば、書き手の言わんとするところには首肯できます。

しかし、その後半において、「安全保障法制をめぐって今、実に多くの学者が反対論をぶつ。中には『米国の戦争に巻き込まれて、死者が出る』と不安を煽る人や、居丈高で異論を認めない人もいる。その人たちの講義で、学生が影響されることはないのか。」と述べていることには、この新聞社のスタンスがコラムニストにまで浸透しているようで、背筋が凍ります。

ここでは、大学における教育について述べているようですが、そもそも安全保障関連法案については、政府や与党がどのように強弁を繰り返しても憲法違反であることが明白で、そうでないとする憲法学者は僅か3名だけだったでしょう。真理を追究することが第一義である学者が憲法違反であることが濃厚な法律に反対を表明するのは、ある意味当然でしょう。

そもそも選挙年齢を引き下げたわけですから、判断は学生がすべきことで、学生が影響されることを懸念しているような表現は、読み手にある種予断を与えているように思われます。編集手帳のコラムニストについては、その感性に共鳴することが多かったのですが、この日のコラムは安倍政権の国立大学の人文教育系学部に対する圧力と軌を一にしているようで薄気味悪ささえ感じました。

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