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zoom RSS 横浜ベイスターズ 悲願のクライマックス進出・・・そして三浦投手引退へ

<<   作成日時 : 2016/09/20 20:25   >>

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大洋ホエールズ時代からのオールドファンとして、3位以内が決定するまで安心できませんでした。勝負は下駄を履くまでわかりません。

遠く1964年、6試合を残して2位阪神に3.5ゲーム差。ほぼ優勝間違いなしの状況から、阪神との直接対決に4連敗して優勝を逃したことがあるからです。秋山、稲川両投手、そして高卒の新人で17勝を挙げることになる高橋投手を擁した当時のチーム。阪神の投手陣は村山、バッキーの時代でした。小学校低学年の僕にとって、苦い記憶として今でも強烈に残っています。

その後の低迷期を経て、1998年マシンガン打線の集中打で日本一となった後の暗黒期、「横浜高校よりも弱い」と揶揄されることもありました。確たる方針があったとは思えない編成で、チームの強化は一向に進まずに、身売りして5年目。本当に長いこと待たされました。

勝負の9月、クライマックスを争う阪神とヤクルト戦を勝ち越し、そして覇者となった広島に連勝してのAクラスです。懸案だったセンターラインは、二塁を除きほぼ固定できました。

完全に球界の顔となった筒香選手を中心とする打線。若い左投手が加わった先発陣と無理せず起用し続けたことで数人が自己最多登板を記録したリリーフ陣。そして、何よりもどのように評されてもブレることなく、一貫した考えのもとに指揮を執ったラミレス監督。じっと我慢して起用し続けたことで、ロペス選手は本塁打30本の大台に乗せましたし、次回の登板のためにと敢えて完投させずに大事に起用した石田・今永の若い左投手はほぼ一年を通して安定した投球を見せてくれました。

勝率5割に届かずにクライマックスですが、5割の可能性はまだ残っています。残り4試合を3勝1敗で乗り切って欲しいと思うのは、少々過大な期待かもしれません。とにかく、ここから先はご褒美です。のびのびと挑戦者らしく残り試合とクライマックスを戦って欲しいと思います。

そして、三浦投手。98年優勝当時のメンバーがチームを去っていく中、また、優勝を臨めるチームにとFAで移籍した選手がいる中で、よくぞ最後までベイスターズのユニフォームの袖を通してくれました。

チームのクライマックス出場決定の翌日の引退表明。ユニフォームを脱ぐタイミングとしては見事です。チームを愛し、ストイックに自分を磨いてきた姿は若い選手たちの鏡となることでしょう。チームは彼に最後の大仕事の場を与えてくれるようです。本拠地最終戦となるジャイアンツ戦、本当に先発するようなことがあるならば、チーム一丸となって勝ち星をつけて最後のマウンドとして送ることができればよいと思います。

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