驟雨 突然の雨に打たれても

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zoom RSS 「臨済禅師1150年・白穏禅師250年遠諱記念 禅・・心をかたちに」

<<   作成日時 : 2016/10/19 06:33   >>

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京都・建仁寺、東福寺、南禅寺、妙心寺、天龍寺、大徳寺、相国寺、萬福寺、鎌倉・建長寺、円覚寺など臨済宗・黄檗宗の各本山が所蔵する仏像や絵画、書などを集めた特別展「禅・・心をかたちに」の内覧会に行って来ました。

禅宗といえば、遠い記憶である高校の日本史レベルでは、鎌倉仏教、臨済宗と曹洞宗、その開祖は栄西と道元、これらのことしか思い浮かべません。しかし、名だたる寺院が禅宗、それも臨済宗であることに驚かされました。そのためなのでしょう、会場には法衣を身に纏った僧侶の姿が何と多かったのでしょうか。また、これまで僕が経験した内覧会とは、明らかに異なるのは、無料で貸し出しされる音声ガイドを求める人が返却待ちの列を作っていたことでした。

さて、会場に到着したのが3時過ぎのために4時までという限られた時間では、鑑賞する対象もおのずと限られてしまいます。音声ガイドの対象となっているものを中心に、駆け足で巡りました。

展覧会は、まず大分県・萬壽寺所蔵の白隠彗鶴(はくいんえかく)禅師による達磨像が僕たちを迎えます。僕たちを見つめるような大きな目が印象的で、その前に立つと思わず直立不動しなければならないように感じます。左上に書かれた文字、「直指人心 見性成仏」こそ、「まっすぐに自分の心を見つめなさい。仏になろうとするのではなく、本来自分に備わっている仏性に目覚めなさい。」との意味で、達磨による禅の教えの根本だそうです。

それは、京都・萬福寺所蔵の羅怙羅尊像(らごらそんぞう)にも通じていました。開いた胸の中には仏様の顔があり、音声ガイドの表現を借りれば、「仏は外に求めてもいない。自分の中にいる。」ということだそうです。17世紀の中国人仏師范道生の作で、仏像としての美しさの観点からは評価が難しいとしても、その意味するところには納得しました。

美しさの観点から考えると、鎌倉・建長寺所蔵の蘭渓道隆座像は、まるで生きているかのような今にも立ち上がるのではないかと思うほど写実的で、素晴らしいと思います。瞳に水晶板を嵌めたそれは、眼光が鋭くて射竦められそうな思いに駆られました。また、静岡・方広寺所蔵の文殊菩薩、普賢菩薩を両脇侍座像として従えた釈迦如来像の三尊像も、三千院の阿弥陀三尊像を思い起こさせるような美しさでした。

「禅文化の広がり」と冠せられた終盤の展示コーナーで、ひときわ目を引くのは、油滴天目です。伝えられている天目茶碗の中で第一の名品とされるものだそうで、審美眼に乏しい僕ですが、光の当て具合によって変わる銀色の油滴斑が美しく、さまざまな角度から眺めてしまいました。

鑑賞する人を送り出す展示で圧巻だったのが、京都・南禅寺所蔵の狩野探幽の筆による本坊小方丈障壁画である群虎図です。17世紀江戸時代の作だそうですが、その作風は桃山時代の気配を濃厚に感じさせる絢爛豪華なものでした。

内覧会という時間が限られている中、駆け足で巡りましたが、展示されたものの質量ともに圧倒される思いは深く、日を改めてゆっくり鑑賞したいと思っています。

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