こだわり人物伝・・改めて・・・星野道夫さんの言葉

今月のNHK教育テレビ「こだわり人物伝」は、4回にわたって「星野道夫 生命へのまなざし」とのタイトルの下で僕が尊敬してやまない星野道夫さんを取り上げたものでした。この番組は、2009年3月に放送されたものの再放送で、今夜がその最終回、作家池澤夏樹さんが星野道夫さんについて語るものでした。

「彼の新作は、もう出ない。だから、受け継いで世に広める。」と池澤さんは語っています。同じようなことをさだまさしさんもコンサートトークで話したことを聞きました。星野さんが逝った後で彼を知ることになった僕自身もまさにその考えには共鳴しています。

今宵十五夜。熱帯夜の十五夜にならずに安堵しているところですが、季節の移り変わりがあるというのは、人にとって気持ちを切り替える上では何と素晴らしいことでしょう。星野さんは、その著「イニュニック」の中で、死生観と共に時間について、次のように述べています。

「すべてのものに平等に、同じときが流れている。」と表現する一方で、「無窮の彼方へ流れ行く時をめぐる季節で確かに感じることができる。一年に一度、名残惜しく過ぎゆくものに、この世で何度めぐり合えるのか。その回数を数えるほど人の一生の短さを知ることはないのかもしれない。」

「僕はいつのころからか、歴史の長さを人の一生で考えるようになった。今、自分がここに在るということは、歴史のどの時代にも自分の分身がどこかにいたということだ。」

そして、
「四季の移り変わりと人の一生は、なぜこんなにも重なり合うのだろう。巡る季節の中で、人もまたそれぞれの季節を生きている。」

彼の人生観が伝わってきます。そして、人生観イコール死生観であって、別の著書の中では、人間が生きていくことは他者・・・ここでは他の生き物を指します・・・の死の上に成り立っていると言い切っています。所謂食物連鎖というべきものですが、日々の生活、毎日を生きている上で、そのようなことを考えずに漫然と過ごしていたことに、彼の言葉に衝撃を受けた記憶が蘇ります。

彼は写真家であると同時に優れたエッセイスト、そして、哲学者であると思う所以です。彼の新作は、もう世には出ません。だからこそ、彼が発表したこれまでの作品を深く掘り下げて、咀嚼してみたいと思っています。