池澤夏樹さん「春を恨んだりはしない・・・震災をめぐって考えたこと」

『これまで死者に会わなかったわけではない。六十数年の人生でぼくは何人もの肉親や友人を失った。棺に収まった姿に別れを告げたことも十回を超えている。しかし、それはどれも整えられた死者だった。親しいものが逝くという衝撃的な出来事を受け入れやすくすべく、社会は周到な準備をする。悲しみを容れるための器は事前に用意されている。』と、著者は書き出しています。その大半が病気という過程を経て旅立ったことが、心の準備と時間の余裕を与えてくれるのだと・・・。

「用意された死」。思い出したように十数年前の池澤さんの「旅をした人・・星野道夫の生と死」を広げてみました。やはり、ありました。星野道夫さんを追悼するこの書の中で、星野道夫の死を受け止めるには、彼自身の死生観に依るしかないとして、「人は結局のところ自分が用意した死を死ぬのだ」と言っています。「用意された」という表現が妙に印象に残っていた当時を思い出しました。

更にあとがきには、『作家になって長いが、こんな風に本を書いたことはなかった。書かなければならないことがたくさんあるはずなのに、いざ書き始めるとなかなか文章が出てこない。』と綴っています。著者の死生観を変えてしまうような多くの死。それが3月の大震災であり、その直後、ものを書く人たちの多くが言葉を失ったとする文章をいくつも読んできました。用意されたものではない死は、残った者たちにそれほど深い喪失感を与えるのでしょう。

この本のタイトルにもなった『春を恨まない』は、無常感の表現とも取れますが、次のように著者は言葉を紡いでいます。
『この春、日本ではみんながいくら悲しんでも緑は萌え桜は咲いた。我々は春を恨みはしなかったけれども、何か大事なものの欠けた空疎な春だった。桜を見る視線がどこかうつろだった。』
更に、『深草の野辺の桜し心あらば今年ばかりは墨染に咲け』と古今集から引用しています。そして、その花の華やかさは弔意の春にはそぐわないから、薄いねずみ色の喪の色の桜を、と自然に向って言うのだけれど、自然は無関心だから例年のように華やかな色の桜を咲かせ、それを見ることによって却って私たちは安心するのだと続けています。このことは、さだまさしさんの「強い夢は叶う」の中の「少し遅れても 季節の花は 約束通りにきっと咲く」に通じるものだと感じました。

また、短い文節の中での示唆に富んだ言葉が多くありました。
例えば、『魚は水を意識しない。それと同じで普通の人は社会や環境というものをそんなに意識して暮らしていない。何かあった時に改めて自分たちがどんなところで生きているかを考える。』
例えば、『災害が我々の国民性を作ったと思う。この国土にあって自然の力はあまりにも強いから、我々はそれと対決するのではなく、受け流して再び築くという姿勢を身に着けた。』
あるいは、『我々は諦めることの達人になった。だからこそ桜があれほど愛されるのだ。』
あるいは、『我々は社会というものもどこか自然発生的なものだと思っている節がある。社会ではなく、世間であり、論理ではなく空気ないし雰囲気がことを決める。こういう社会では論理に沿った責任の追及などはやりにくい。』
あるいは、『文明とは集中である。狩猟採集で暮らしていた遠い祖先たちの頃から、人間は密度に憧れてきた。獲物がまとまってくれたら狩りは効率的になる。』

著者の言わんとすることが短い文章の中に滲み出ています。国土、国民性、自然、生きることと死すこと、文明などについて3月11日以降に出版された多くの本を読んできましたが、最も深く考えさせられる一冊でした。