広目天のまなざし・・・東大寺戒壇院で思う
聖武太上天皇、光明皇太后、孝謙天皇が唐から渡来した鑑真和上からここで戒を受けたとされる東大寺戒壇院。現在のものは、1732年、享保年間に建立されたものだそうですが、大仏殿の西側奥まったところに静かに佇んでいます。ここを訪れたのは10月3連休の中日、午後四時前でした。そんな時間帯でも南大門から一直線に大仏殿に向かう参道は、多くの参拝客でごった返していました。しかし、中門に至る前の勧学院の所を左に折れると一気に人は少なくなりました。そして、西塔跡前を通って右に折れ、そのまま真っ直ぐ向かうと戒壇院の屋根が見えてきます。参道の喧騒が嘘のような空気が漂い、東大寺の境内だと言うのに別世界の感がしました。
ここに、安置されている四天王はいずれも国宝ですが、東大寺というと大仏殿や法華堂のイメージが強く、実は戒壇院を訪うのは初めてです。堂の中に足を踏み入れると、空気が一変したような気がしました。須弥壇四隅に安置された持国、増長、広目、そして多聞の四天王の塑像の圧倒的な存在感がそうさせるのかもしれません。とにかく、息を飲むような思いにとらわれました。
四天王たちは余りにも写実的で、仏教芸術でありながら神々しくもあり、天平文化の水準の高さを感じずにはいられませんでした。朝に訪れた興福寺北円堂の四天王、お昼過ぎに出会った新薬師寺の十二神将たちの多くが憤怒の表情をたたえた躍動感とは異なり、理性を感じさせる静の荘重さを思いました。
特に左奥に位置する右手に筆を持った広目天の眼光の鋭さは、見る者に強烈な印象を与えます。それは、人の心の奥底まで見透かされるようにも思われ、視野を広げ知恵を授けるとされる広目天の面目躍如と言えるのかもしれません。
須弥壇をぐるりと一回りし、そして再び逆回りして、何度も何度も四天王を眺めました。ところでその日は、東大寺ミュージアムオープンの前日でした。常々思うのですが、仏像を信仰の対象と考えるのか、あるいは美術品として芸術として考えるのか、難しい議論になりそうです。保存して後世に伝えていくという管理優先の考え方ももちろん重要ですが、少なくとも仏像に会いに行くという感覚からは、本来の安置されるべき所に御座して欲しいと思わざるを得ません。
四天王に別れを告げ戒壇院を抜けて転害門に向かったのですが、背後から目にした大仏殿は前面の大仏池に大屋根が映って実に見事でした。