企画展「星野道夫 アラスカ 悠久の時を旅する」

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およそ6年ぶりに星野道夫さんの写真展に行ってきました。これほどゆったりとした雰囲気で鑑賞する彼の写真展は初めてです。これまでの写真展がデパートを会場としていたのに対して、六本木のミッドタウン内のフジフィルムスクエアと呼ばれる企業の施設であることや大々的に宣伝もされていなかったからでしょう。もちろん、平日の午後という時間であったからかもしれません。訪れる人はまばらで、人のざわめきや思わず発せられる歓声もなく、じっくりと観ることができました。

いつ観ても、ため息の出るような写真の数々。今回はおよそ100点程度でしたが、初めて目にするものも何点かありましたし、もちろん過去に観たことのある写真も数多く含まれていました。しかし、観たことがあるなしにかかわらず、そのいずれもが新鮮に思えるのが不思議です。一枚一枚の写真の前に立ち止まって、添えられた短い文章を読み、そして考える、たったそれだけの繰り返しですが、心が洗われる思いになります。

全体として、星野道夫さんのアラスカに踏み出してからお亡くなりになるまでの軌跡を追うような構成になっていて、彼の書いた手紙や愛読書の展示もされていました。彼がシシュマレフ村長に出した手紙、その筆記体の文字の美しさには驚かされました。また、アルフレッド・ランシング著による『エンデュアランス号漂流』とウィリアム・プルーイット著による「極北の動物誌」の原本は、何度も何度も繰り返し読み込まれたことが伺えました。

豊かな感性で文章家としても定評のある星野さんですが、初めてシシュマレフ村で過ごした時に、こんな地の果てと思っていた場所にも人の生活がある、と考えたことに彼の原点があると思われます。それが「だれもがたった一度のかけがえのない一生を生きる」という思いに繋がり、彼が極北の動物や自然だけではなく、そこに住む人々を被写体にし、文章で彼らの生活を描きだすことにもウエイトを置いていくようになりました。

さだまさしさんが彼に捧げた「白夜の黄昏の光」の中で「地の果てと思うどんな土地にでも 必ず人々の生活がある 誰もがただ一度の かけがえのない生命を生きてる」と歌ったのは、まさに彼の思いそのものです。彼が逝って早16年。未だに人々の心を掴んで離さないのは、その写真の素晴らしさよりも、寧ろその精神性ゆえにと思っています。

一つだけ気になるのは、この企画展と同じタイトルで写真と併せて、彼のエッセイのいくつかを抽出して一冊の本として販売されていることでした。著作権は当然あるにしても、作者になり変って編集する行為そのものが、故人の意に沿ったものなのだろうかという微かな疑問が残らざるを得ません。