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zoom RSS 権力とメディア・・・新聞各紙の社説を読む

<<   作成日時 : 2015/04/29 20:35   >>

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今月17日、自民党がテレビ朝日とNHKの経営幹部を呼んで、個別の番組について異例の事情聴取を行ったことが大きく報じられました。新聞各紙もこぞってこの問題を取り上げ、それぞれの社説でその見解を述べていましたが、何やら言い知れぬような思いとともに、自民党の後ろにある政権の、首相の狭量さを感じずにはいられません。

社説の口火を切ったのは16日の東京新聞で、「権力と放送法 統治の具となす不見識」とのタイトルで、1968年のTBSテレビ「ニューススコープ」のベトナム戦争報道をめぐってキャスターだった田英夫氏の解任の例を紐解き、「権力者はなぜ、かくも安易に放送法を振りかざすのか。放送内容に誤りなきを期すのは当然だが、放送局側を萎縮させ、表現の自由を損ねてはならない。」と切り出します。続けて、「放送は、政権や特定勢力の政治宣伝に利用されるべきではない。大本営発表を垂れ流して国民に真実を伝えず、戦意高揚の片棒を担いだ先の大戦の反省でもある。」と述べ、「政権による圧力に萎縮せず、それをはね返す気概もまた必要とされている。放送のみならず、私たち新聞を含めて報道に携わる者全体に、大先輩から突き付けられた重い課題である。」と結んでいました。

系列局で当事者に近い朝日は、17日の社説で番組に確かに問題はあったとしつつ、それだからといって、「権力が安易に『介入』と受け取られる行為に踏み込むことは許されない。」と論じていました。

また、同じ日の毎日の社説は、「放送は自主・自律が原則であり、放送局を萎縮させるような政治介入は控えなければならない。」とした上で、「安倍政権が放送法をひいて細かい『配慮』をたびたび求め、結果としてメディア側にそんたくや、萎縮の傾向があることは否定できない。」と述べています。そしてやはり、「圧力ではないと説明しても、『要望』のかたちをとったパフォーマンスは威圧効果を持つ。政権党はもっと自制的にふるまうべきだ。」と結んでいました。

日経も19日の社説で、自分たちがやっていることの意味をしっかり考えたうえでのことだろうか、との書き出しで、「民主主義のもとでの表現の自由という基本の問題へのありようを問いかけてくれている。権力とメディアの間には、常にある種の緊張関係がある。権力へのチェック機能をメディアが持ち、そのためにも言論の自由があって、民主主義は成り立っているはずだ。」と論じていました。

あまつさえ、政権に近いとされる読売や産経もこの問題を取り上げています。読売は18日の社説で、報道機関としての信頼を損なう問題であるとして、それぞれが非を認めたり、調査をしている段階で、「政権与党がテレビ局幹部を呼び出すのは、行き過ぎではないのか。」と述べています。その上で、「テレビ局が不偏不党に徹した報道を行うのは当然だ。同時に、政権を支える自民党にも、節度ある行動が求められる。」と注意喚起をしていました。

産経は17日の社説で、「政府や政党が番組に介入するような行為に、抑制的であるべきなのは当然である。無制限にこれが拡大されるような事態があってはならない。危惧するのは、こうしたことを前例に、政治が正規の報道に介入する下地を作ることだ。政府や政党には強く自制を求める。」と、述べていました。

この問題に関して、報道姿勢にそれぞれの特徴がある新聞各紙が基本的な部分ではほぼ同様の見解を表明したことに、ジャーナリズムの矜持を感じて安心したのですが、現在の政権が強権的な姿を改めて明らかにして、僕たち国民をどこに連れていくのか、この国をどうしようとするのか、これまで抱いていた不安感は増幅されています。それだけにメディアのみに任せることなく、国民一人ひとりが何でも反対というわけではなく、物事をじっくり考えた上での批判精神を持つことが大切なように思います。

折から統一地方選挙が終了したばかりです。無投票の多さと、投票率の記録的な低さに、この国の大きな病巣が潜んでいるのかもしれません。

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