私は犬に叱られた・・さださんのアルバム「予感」

昨年、犬になりたいと歌ったさださんが、今度は犬に叱られたそうです。

新着アルバム「予感」を手にしました。今日は朝から車で移動していましたので、このアルバムを繰り返し聴くことができました。第一印象で強烈なインパクトを感じた歌はなかったのですが、二度三度聴くうちにしっとりと心に響いてくる曲が集まっているように感じました。いわゆる、噛めば噛むほど・・・です。

その中でも、「私は犬に叱られた」は、一見、コミカルソング的なイメージを受けますが、実に意味深く、考えさせられる曲だと思いました。
「犬死」、「飼い犬に噛まれる」、「犬猿の仲」、「犬の遠吠え」、「夫婦喧嘩は犬も食わない」、「犬も歩けば棒に当たる」、世間一般では確かにマイナスな言葉ばかりが犬に冠せられています。
一方で、「花咲か爺さんや桃太郎の面倒をみた」り、「救助や介助やおまわりさんまで務めてきたのに」と、犬にはプラスイメージの部分も多く、人間のために役に立っているはずです。
そうしたすべてを歌詞に散りばめて、さださんは犬に叱られた夢を見たと歌い上げています。

彼はこの歌を通して、この地球上には数え切れない生き物がいるのに、人間がそれらすべての上に立って支配していると考えているのは、驕りではないだろうかと警鐘を鳴らしているのかもしれません。
嘗て日本では、自然の中に、道端の草木にまで魂が宿っているという考え方が存在していました。この美しい星、地球に存在するすべての生き物と人間との共存を考えながら、それぞれの生き物の役割を考えざるを得ません。

星野道夫さんは、その著書の中でムースのスープを飲みながら、「極北の森に生きたムースの体は、ゆっくりと僕の中にしみ込んでゆく。その時、僕はムースになる。そして、ムースは人になる」と表しています。いわゆる、食物連鎖と言葉で言うのは簡単ですが、人間が生存するためには食することが絶対不可欠で、その人間が食するためにだけ存在する生き物がいることを思わざるを得ません。

折から、宮崎牛の口蹄疫問題。
防疫体制の確立で一日も早い解決と畜産農家への手厚い救済を願っています。
犬に叱られたを聴いて、思いは大きく広がっています。